【祈りの輪】アダム・フォン・トロットとイムスハウゼン共同体について(その1)

聖グレゴリオの家にとって、教会音楽に親しむ場であることとともに、祈りの場としての役割も重要です。

創始者で元理事長のゲレオン・ゴルドマン神父は、神父として叙階される前から、第二次世界大戦中のドイツにおいてヒトラー暗殺計画に関わり、1944年7月20日のワルキューレ作戦が未遂に終わったことにより投獄され処刑されたアダム・フォン・トロット(Adam von Trott zu Solz)との接点を持っており、ローマ教皇ピオ12世や在ローマドイツ大使などと接点を持ち、秘密文書の伝達を勤めた記録が著作「慰めの光」(※文末に紹介)に記されていることをご存知でしょうか。

ドイツ中部ヘッセン州べブラ郊外にあるイムスハウゼン共同体はプロテスタント系の共同体として大戦中から存在していました。大戦後1959年、アダム・フォン・トロットの妹であるヴェラ・フォン・トロットと神学者ハンス・アイゼンベルク(俗称:ブルーダー・ハンス)氏らは、と処刑された同志たちを記念し、敷地内に十字架を建てました。以来毎年追悼記念会を行ない、二度とヒトラーのような独裁者を生まないよう、世界の平和とキリストにある一致を祈っています。

また、聖グレゴリオの家が設立された1979年、共同体のメンバーである二人のシスターがしばらく滞在し祈りを共にして支えてくださった歴史もあります。

イムスハウゼン共同体を訪れたことのある東京スコラ・カントールムのメンバーであった岩崎次郎氏(1938年〜2025年)に宛てて、橋本周子所長がイムスハウゼン共同体とアダム・フォン・トロットについてのファックスを手記を送っています。

その原稿を岩崎統子夫人からいただきました。今回、テキストとして起こすとともにオリジナル原稿をPDFファイルとして紹介することにしました。


 

<1996年2月19日のFAX>

岩崎様

橋本周子

1944年7月20日はHitler暗殺計画が実行され 失敗に終った日です。

Imshausenがその日を大事な記念日としているのは、失敗に終り 計画の重要人物の一人Adam von Trottが死刑になったからではありません。もち論 その理由もあります。しかしImshausenが大事にして、その事実から学ぼうとしているのは「和解」と云うことです。

そして 神への信頼と愛でしょうか。つまり あの時の ユダヤ人を救う為の唯一の解決策は暗殺しかありませんでした。そして 悪魔のような動きに 勇気を持って立ち上った人々の人類への愛。Adam自身はドイツ人であり 自身も政治家であり、父はプロイセンの文部大臣と云う名門の身で ユダヤ人について 彼は 知らん顔をすることが出来る身だったのです。だのに立ち上って、神への愛 つまり人類への愛のために 戦おうとしたのです。

ドイツのこの事件を知っている人にとって、この立ち上った動きは大変 重要な意味があります。

次にAdamは捕まるまでの数日間 どの国へも亡命することが出来ました。人々のすすめにもかかわらず、彼は残されることになる家族を思って 逃げませんでした。次に8月15日に死刑の宣告を受けた時の 軍事裁判でも 彼は 質問に対して「確かに」きり云いませんでした。神のみ前に 彼は他のことばを云う必要がなかったのでしょう。

そして処刑される直前 家族と母親に数行の手紙をかきました。母親にむけて 感謝のことばと神への感謝の念(この一週間 神がいかに彼を導いてくれたか. . .) と

最後 すべてを 赦すことを願っているのです。彼は主の霊のうちに と手紙をつゞって 終っております。

Imshausen はAdamの残した赦しを通しての 平和のために働きつゞけてきました。特別Adamの記念をImshausen は8月6日主の変容の日(タボール山のこと)に行っています。朝5時にあのAdamの記念の十字架の下でミサを立てます。 昨年 世界中から人々が集って 平和の行進をダッハオから広島へと行った時、日本の押田(成人=しげと、1922-2003)神父様はAdamの十字架のもとから ダッハオまでの行進をしました。彼はそのダッハオでの集まりに招かれたのですが、それならばあのAdamの十字架から. . . と考えられたのでしょう。主の変容の祝日は深い信仰の奥義が秘められています。神が人との和解をなさったので それに従うキリスト教的生き方の第一は 赦す、和解 と考えているのでしょう。世の中に平和を本当の平和は 和解のみがもたらすことが出来るとImshausenは考えています。

Adamの母Eleonole von Trottは兄弟が争ったとき「兄弟姉妹でさえケンカをやめることが出来ないのに 何故、どうして世界が平和になることが出来るだろう」と云われていたそうです。

Imshausenの共同体の根本的な考えの中に お互いが赦し合い 受け入れることによって もたらす平和 を先づ共同体で実現することにあったと思います。今でも 赦し合うことの 訓練をしています。それは口先で云う 和解、労働運動の和解とは 申すまでもなく 意味が異なります。

神のうちにあって、神においての和解です。

Imshausenにいると良く気がつくのが、私たちが常々赦す とか愛すとか お互に兄弟だからと云うことが どんなに 偽善者的かと云うのに気がつきます。よく恥ずかしくなるのですが。

Imshausenにとって1944年7月20日はとても重要な精神的意味のある日です。

ドイツにとっても、或いは我々人間にとっても この日を忘れてはならないのです。しかし人間は人類にとって最も大事なことは とかく忘れるか、或いは最初から気がつかないと云う事の方が多いでしょう。Imshausenはこの日を記念することによって

神への愛、神への忠実を思い出し そこから流れる愛の力によって 平和を願って祈りつゞけているのです。Imshausenのミサが 典礼が美しいのは その深いところでの神との語り合いがあるからです。私たちも一度と云わず あそこを訪れた者として その外的な美しさでなく秘められた信仰 心を受けつぎ働きかけをしたいものと願っています。

今年の1月Imshausenに行った時、Ost-Windhaus Frau Vera の居間で ミサを兄弟姉妹とだけ 祝いました。本当に美しいミサでした。

何にも 補足する必要なく 心も身体も平安の気持でいっぱいでした。

礼拝から受ける恵みの力って こう云うものなのか としみじみ味わっています。

その恵みに 参加出来ましたことを 感謝しているところです。

岩崎様 1944年7月20日Hitler暗殺失敗の日をお伝えするのにずい分長い手紙をかいてしまいました。

御気嫌よう 橋本周子

橋本周子先生が岩崎次郎氏に宛てて記した原稿のコピー(PDFファイル)


※「死の影 慰めの光」(ゲレオン・ゴルドマン著、宮本絢子訳 鳥影社 2008年初版発行)は、聖グレゴリオの家事務室で取り扱いしています。1冊1,900円、送料別。

ドイツでは、ゲレオン神父執筆による原語の書籍販売のみならず、ナレーション付きの8枚組CD(下の写真はボックスの表と裏)でも販売されています。

最近ではYouTubeでも閲覧できるようです。

 

なお、「翼の影」(ゲレオン・ゴルドマン著 工藤京子訳 株式会社コルベ出版社 1981年)は絶版となっており現在お取扱いできません。